素人哲学

人生とは憂いとの戦いである

憂いの哲学

 人生とは憂いという概念との対戦ゲームである。フィールドはこの世界。

憂いに侵された人生はその者の富に関係なく哀れむべきものであり、逆に憂いを制した人生はその者がたとえ貧しくても讃えられるべきものだ。

 人類が憂いに対抗するにあたり考えられる定石がこの世には数多に存在する。

 しかし、憂いを恒久的に晴らそうと最善を尽くすには、あまりにも人間は無力だ。

 知恵は武器だが憂いの種になる。

少しの間憂いを晴らすが後に憂いを増長させる呪いも多くある。

神はいても決めるだけで答えてくれない。

憂いを制することこそ人生の意味であり、目的であり、最大の難関なのである。


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ニート語り

現状なんとかしたい、変わりたいと思っているニートは多いのではないだろうか。「変わりたい、でも失敗するのか怖い、だから自分のことを徹底的に分析して…え、俺みたいに〇〇な人で上手くいってそうな人ってネット上に全然おらんやん。諦めてアニメ見るわ〜」といったようなパターンを持っているニートもいるだろう。少なくとも私はそうだった。しかし本格的にニートを脱出しなければならない人はどういう心持ちでいればよいのだろうか。

最近hasunoha(http://hasunoha.jp/)というお坊さんが答えてくれる質問掲示板で人生相談をしてみた。解答のなかに思うことがあるものがあったので紹介する。

 

『どうやら...

人生の苦しみの総量は、決まっているらしい。

「いやだ、いやだ」と逃げ回っていても、苦しみは執念深く追いかけてくるらしい。その証拠に、現にあなたはこんなにも、悩み苦しんでいる。

どうせ、苦しまなければならないのであれば、自分の好きなことして生きる道を選び、苦しみをすすんで引き受けたほうが遥かに良い。

逃げ回った結果引きずり込まれた苦しみは、やがて「腐敗」する。恨みつらみとなって、人生をむしばんでしまう。

一方で、自ら進んで引き受けた苦しみは、やがて「発酵」する。経験や自信となって、人生を豊かにする。

苦しみへの向き合い方ひとつで、人生は大きく変わる。

いくら苦しみに支配されるのが癪でも、このまま何もせずに死んだら、やっぱり苦しみに支配されたまま人生が終わる。

しかし、苦しみに進んで向き合い、それを乗り越えたのならば、その苦しみはあなたの人生を切り拓いていくための、この上なく強い味方になる。

どっちを選んでも、あなたの人生。

(中略)

あとは、それにしたがって、一歩踏み出す勇気をもつだけです。

自転車に乗るとき、こぎ始めが一番しんどいです。
でも、黙々とペダルをこぐうちに、だんだんと調子が出てきます。
そのうちあなたに、見たこともない景色をみせてくれます。

人生も、一緒です。
どんな苦しみでも、乗り越えた先には、絶景が待っています。

心の傷を癒し、過去の痛みを乗り越える過程がそのまま、あなたの強みとなり、かけがえのない財産になります。

世の中には、苦しみを乗り越えたあなたが語る、唯一無二の言葉を待っている人が、たくさんいます。

どうか、あなた自身の苦しみの中からそれを発見し、ピカピカになるまで磨き上げて下さい。応援しています。』

 

要するに苦しみを進んで受けた方が良いという話である。ニートはできない原因を探すばかりでついできるためになにをできるかを考えるのをやめがちである。手首に輪ゴムでもつけておいて、できない原因を探し始めたらパチンとするようにすればいいだろう。

これからニートを脱出しようというかたを私は応援している。

 

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現実からの逃走(マッハ1)


-「あなたは全てにおいてなにも悪くない、ただし上手く立ち回りなさい。」-

 この言葉が誰のものか知っているだろうか?正解は「私がさっきググって印象に残った坊さん」の言葉だ。有名な人の言葉ではなくても私はこの言葉を気に入ってるし座右の銘にしたい勢いだ。しかし、1週間後この言葉を覚えてる自信はあまりない。忘れっぽいから仕方ないね。

 さて、このブログでは私を含む心がニートの人が現実と折り合いをつけて上手く生きていく方法を考えていく。筆者は高校を途中でリタイアし、底辺大学に入るもろくに行かない学生型ニートだ。「学校に行ってない。就職はおろかバイトもしてない。罪悪感あるけどなにをしても長続きしない。」と毎日悶々としている。そのうえ自由に使えるお金もあまりないからそこまで楽しめてない系ニートだ。ネットで検索をかければ頼んでないのに「ニート○ね」だの「親の脛齧り」だの罵られる。そんな意見に心がニートである我々が耳を傾ける必要はない。今すぐこのブログをブックマークして、このブログを読むこと以外でパソコンを使うのをやめるべきだ。

 さて本題に入ろう。私は「やる気を起こすためになにか行動するまでのやる気が欲しい」とか「朝型の生活に戻すために徹夜して1日は早く起きれたけどまた徹夜してしまい失敗した」という類の悩みを持つ同志の味方であり、その悩みの原因を怠惰だの心の持ちようでなんとかなるなどとほざく精神論者のアンチである。生まれつき多少まったりしているだけで、その性格は誰にも否定できない個性なのだ。我々足りないのは心がけではなく人生を上手く立ち回るライフハックであると声高に主張したい。私が4年間現実から逃走した経験が必ずしや同志の役に立つと信じている。


次回は掃除について書く予定。